線虫がん検査を受ける前に読んでほしい、医師が解説する検査精度の話

最終更新日:2022/04/15

この記事を書いたひと

上松 正和

Masakazu Uematsu

医師・放射線治療専門医

東京大学病院放射線科所属。1987年生まれ。九州大学卒業後、東北での初期研修・救急科研修を経て、国立がん研究センター中央病院放射線治療科で勤務後、現職に至る。 「自分が担当した乳がん患者さんが、詐欺医療に引っかかって病状を悪化させたことを契機に、詐欺医療に引っかからないための情報を発信しています。」

尿一滴で精度86%のがん検査

これは東山紀之氏の TVCM でお馴染みの N-NOSE(HIROTSU BIOSCIENCE)の線虫がん検査の宣伝文句です。この文言から多くの方は、「がんがあるかどうか86%の確率で言い当ててくれる!」と思ったかもしれません。しかし、それは大きな間違いです。実際にはこの検査で陽性と出た時、がんがある確率はたったの8.6%になります。今回の記事では、がん検査の「精度」という言葉が持っている危うさや、検査を受ける注意点について解説します。

【がん検査】「精度」という言葉の意味は?

どうして線虫検査をはじめとするがん検査の精度という言葉は鵜呑みにしてはいけないのでしょうか。そこには2つの理由があります。

①「精度」の定義がよくわからない

1つ目の問題は言葉の定義がおかしいことです。冒頭で取り上げた線虫検査の広告では「精度」という言葉が使われています。これでは意味が良く分かりません。できるたけ100%に近い数字を広告に用いることで良い印象を与えようとしているのだと思われますが、何が「86%」なのでしょうか。

線虫検査のHPにおける「精度」とは

今回、N-NOSEの提示している「精度」が表すものは感度(本物を陽性と判定する力)と特異度(偽物を陰性と判定する力)のことです。

N-NOSEのHPをよく見ると感度が86.5%、特異度90.8%と表示しています。はじめてこれらの単語を耳にした皆様にはイメージが湧きづらいかもしれませんが、この数字はそれぞれどのような意味を持つのでしょう?

線虫検査の感度・特異度を理解する

この感度と特異度についてイメージを持って頂くために例題を用意しました。

ここに様々な衣装を着ている5人がいますが、この中に何人か日本人がいます。この5人に、日本人を判定するテストを行います。感度(日本人を日本人と判定する力)と特異度(外国人を外国人と判定する力)がどうなるか見てみましょう。

このテストでは赤枠の中の4人が日本人と判断されました。

また青枠の中が外国人と判断されました。

さて、答え合わせです。実際に日本人だったのは以下の紫枠の3人でした。

(出典のいらすとやでもこの設定になっていますのでご確認ください)

この時、日本人3人はテストで日本人と判断されたので、感度は100%であった、と表現されます。一方で、外国人を2人のうち1人しか検知することができなかったので、特異度は50%であった、と表現されます。

日本人外国人
陽性3人1人
陰性0人1人
テスト結果

改めて上の表を見てみると、あまりしっかりと日本人・外国人を見分けられているようには思えませんが、感度は100%です。このことからも、テストを誰かに売るときに「感度100%だからこれは精度100%です!」と言っているのは何かおかしいなと感じていただけると思います。

 ②検査の前に必要な慎重な見極めを行っていない

2つ目の問題は検査前確率(集団の中にどれだけ本物がいるか)が低すぎることです。

おおよそ、線虫がん検査を含むがんの検査では、がんではない患者さん(偽物)がいっぱいいると、間違って陽性と出てしまう人が多くなります。したがって、医師が患者さんにがんの検査を行うときには、事前に問診をしたり、診察をしたりして、やっぱりがんが疑われる患者さんに確定的な診断を下すための検査を行います。また、市区町村や企業が行っている大規模ながん検診についても、同様の理由で年齢制限や性別による差が設けられています。

N-NOSE検査の検査前確率

わが国で毎年100万人程度ががんと診断されていることを見ると、がん検診時に実際にがんを持っている人は多く見積もっても100人に1人程度です。感度=86.5%、特異度=90.8%、検査前確率=1%で、例えば1万人が検診を受けた場合を考えてみます。すると、以下の図のように「陽性」と判断された人のうち多くが実際にはがんではなかった、ということになります。間違って陽性となってしまう人が多いため、陽性となった人のうち8.6%しか本物のがん患者はいないことになります。

また感度は86.3%なので、がんを持っている人の14%は見逃されることになります。これではこの検査で陰性となったからといって安心できるわけでもありません。

検査結果の解釈ができないがん検査

まとめると、がん線虫検査で「陽性」と判断されると、8%程度の確率でがんがあることになります。今や日本人の2人に1人が生涯で1回はがんを患うことを考えると、これは巷の占いで「がんかもしれないですよ!」と脅されるのとさして変わらないような確率です。
果たして、この検査を「精度86%のがん検査」として売り出すことは妥当なのでしょうか?私は医師として、その妥当性を主張することは難しいのではないかと考えています。

さらに、例えば私の外来に「線虫検査で陽性になりました」という患者さんがいらっしゃった場合には、X線撮影や血液検査など、多くの検査を行うこともありえます。こういった検査には当然費用も時間もかかりますし、なにより患者さんが精神的に大きなな負担を抱えることになります。こういった点からも、私は現時点で「がん線虫検査」を受けることのメリットはきわめて小さいと考え、受けることを一切おすすめしておりません。詳しくは下記記事をご覧ください。

さらに、この検査にはもう一つ重大な欠点があります。

報告されている「精度」に信ぴょう性が欠ける

これまで取り上げてきた「がん線虫検査」の感度・特異度に関しては信頼性の高い情報源(エビデンス)がありません。実のところ、検査キットを販売している会社が独自にそう主張しているだけの可能性が高いのが現状です。つまり、本当の感度や特異度はより低く、先ほど説明した精度をさらに下回る可能性すらあり得ます。2021年12月14日現在であっても、「線虫の気まぐれで陽性か陰性か決まっている」と主張されてもおかしくない程度のエビデンスしか報告されていません。医学の世界では、検査の妥当性や感度・特異度といった数値は、世界中の組織・機関で繰り返し検証される必要があります。そういった積み重ねが、権威ある指針として医師の診察や診断を助けてきた歴史があります。単一の企業の広告の上での主張はその真逆といえるでしょう。

その観点からも、現時点で線虫検査を受ける意義はますますわからない、といったところです。

広告を鵜呑みにせず、適切な医療を

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