虫歯を削らず治すことはできるのか? – ドックベストセメントについて歯科医師が解説

最終更新日:2022/04/15

アイキャッチ画像作成:吉田一美

この記事を書いた医師の皆様

トンデモ歯゛スターズ

Tondemo Busters

SNS上に蔓延る怪しい歯科情報を、有志の歯科医師の先生方で科学的根拠に基づき検証している団体です。(Twitter: @TondemoBusters)

この度、ドックベストセメントを使用した治療法に対する検証のご依頼をいただきましたので、トンデモ歯゛スターズとしての見解を述べさせていただきます。

ドックベストセメントとは

ドックベストセメントとは何か

「虫歯を削らず、殺菌して治す」などと、まるで夢の万能治療法であるかのような謳い文句で紹介されるドックベストセメント。インターネットの検索上位に挙がってきたあるサイト( ​​https://docsbestcement.com/docsbestcement.html )では「セメントを虫歯部分に塗る事で、従来の虫歯治療のように、虫歯を削ることなく、殺菌して虫歯を治す事が可能」などと記載されていました。もしかしたら、虫歯治療法の一つとしてみなさんもお聞きになったことがあるかもしれません。

ドックベストセメントの歴史

あるサイト( https://spee.hatenablog.com/entry/docsbestcement )に記載されていた内容によると、ドックベストセメントの原型となったのは、19世紀にアメリカの歯科医師 John Henry Holiday が製作した虫歯再発防止を目的とするセメントのようです。その後、1990年代に入ってから同じくアメリカの歯科医師 Dr.Timothy Fraser がこれを改良し、商品として Cooley & Cooley 社から発売されたとのことでした。(ただし、上記サイトにこの内容の引用元として記載されていたサイトには、執筆日時点ではアクセスできなくなっていました。)

ドックベストセメントによる虫歯治療の仕組み

ドックベストセメントが虫歯を治すとされている仕組みについて、様々なサイト*に書かれていた情報をまとめると、主には「銅イオンなどのミネラルを含んだセメントを塗ることで、菌の死滅や歯の再石灰化を誘導し、虫歯を治すことができる」というものでした。

この効果に関して、科学的根拠をもとに検証してまいります。

(* https://docsbestcement.com/docsbestcement.html, https://spee.hatenablog.com/entry/docsbestcement

ドックベストセメントは学術的根拠に乏しい

学術論文の少なさ

世界中の学術論文が検索できるPubMedサイト(https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov )で、執筆日時点において ”Doc’s best cement” でヒットしたのは、2008年の”Anticariogenic and antibacterial properties of a copper varnish using an in vitro microbial caries model.” という論文のみでした。

PubMed で “Doc’s best cement” と検索した画面。
通常複数の論文が Google 検索のように縦積みで表示されるが、今回は紫二重下線部に
 “Found 1 result for Doc’s best cement” とある通り 1 件のみ表示された。

タイトルにもあるように、この論文(Anticariogenic and antibacterial properties of a copper varnish using an in vitro microbial caries model. Oper Dent. 2008 Mar-Apr;33(2):142-8.)は in vitro の(=実験室で行われた)研究の報告で、動物実験ですらありません。

歯科医師の方が同様にエビデンス不足を指摘されている記事は他にもありますので、併せてご参照ください(https://spee.hatenablog.com/entry/docsbestcement )。

アメリカと日本における承認状況

実際、アメリカ食品医薬品局(Food and Drug Administration; FDA)では承認こそ受けている(https://www.accessdata.fda.gov/cdrh_docs/pdf3/K031494.pdf)ものの、適応はクラウン(被せ物)やインレー(詰め物)、矯正装置などの接着材、あるいは裏装材(虫歯が大きい場合に、歯の神経を保護するための材料)としてです。決して「虫歯を削らず、殺菌して治す」ために用いるとは記載されていません。

日本国内においても、ドックベストセメントは、薬機法(医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律)上の承認を受けていません(そのため、ドックベストセメントを患者に提供している医師は個人輸入という形をとっていることでしょう)。また、私たち歯科医師が臨床において参照する治療ガイドライン(う蝕治療ガイドライン第2版,日本歯科保存学会)にも本治療法の記載はありません。

一般的な治療法は豊富な学術的根拠を有する

通常、臨床的な治療法として確立しているものは、豊富な学術的根拠を有します。例えば類似の治療(比較的大きな虫歯の治療)に用いられることがあるMTAセメントを例に取ると、世界中で治療成績などのエビデンスが蓄積されており、PubMedで “MTA cement” と検索すると3000件を越える**論文を確認できます(**執筆日時点)。

PubMed で “MTA cement” と検索した画面。
紫の二重下線部には “3,003 results” と書かれている。

国内でも複数のメーカーから入手可能で、もちろん医療材料として承認も受けており、必要な情報を得ることができます。また、要件を満たせば健康保険が適用される治療法でもあります。

ドックベストセメント治療に関与する歯科医師について

主張に使われているであろう論理展開

これらを鑑みると、ドックベストセメント治療は学術的根拠に乏しい治療法であるにもかかわらず、それを理解していない歯科医師の誤ったブランディング手法のひとつになっているように見受けられます。

おそらくその論理展開としては、

通常の虫歯治療法が
・歯を大きく削らなければならない
・歯の神経の治療(根管治療)が必要になることもある
のに対して、
ドックスベストセメント法は
・歯を削らなくても良い
・殺菌して歯を修復してくれるので、歯の神経を温存できる
といったところでしょう。

上述の内容については、昨今歯科医師の間ではすでに削る量を最小限にとどめるという概念が浸透している(https://sakisiru.jp/20913, https://note.com/sho_x/n/nfc0c6e3d3e4b )ため、言葉のニュアンスの問題もあるでしょうが正しいとは言い難いです。患者に虫歯部分の切削がまるで悪であるかのような誤解を与え、「削られる」不安を過剰に喧伝しているかのようにも見えます。

虫歯の切削・神経治療などの有効性・必要性については、後日別記事にて解説させていただきます。 今しばらくお待ちください。

ドックベストセメント治療を提供する歯科医師に対する考え

実際、ドックベストセメントに関する問い合わせを受けている歯科医院は少なくないようです。また、インターネットで検索するだけでも、本治療法をあたかも効果の高いものであるかのように誤認させかねない情報発信、あるいは実際に治療行為として行っている歯科医師を多数確認できました。

当該歯科医師の行為が詐欺に当たるかどうかの判断は司法の専門家に委ねるとして、前述のように薬機法で未承認の製品を患者に適用する以上、そのリスクや健康被害が出てしまった場合の対応等を十分に説明した上で患者の同意を得なければならないでしょう。

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